明日遊ぶ猫

献血しながらサブ3.5の文化系ランナー。

『たいていのことは20時間で習得できる/著者 : ジョシュ・カウフマン 』を読みました。

『たいていのことは20時間で習得できる/著者 : ジョシュ・カウフマン 』を読みました。

新しいスキルを身に着けるときに達人級になるために1万時間努力する必要があるが、
ある程度のレベルに達するににはそれほど時間は掛からない。そのレベルに
達するまでの時間は短ければ短いほうがいいはずだ、著者によると短時間でそのレベルに
達するまでには共通するはコツがあるようです。


> 超速スキル獲得法の10のルールとは
> 1 魅力的なプロジェクトを選ぶ
> 2 一時に一つのスキルにエネルギーを集中する
> 3 目標とするパフォーマンスレベルを明確にする
> 4 スキルをサブスキルに分解する
> 5 重要なツールを手に入れる
> 6 練習の障害を取り除く
> 7 練習時間を確保する
> 8 すぐにフィードバックが返ってくる仕組みをつくる
> 9 時計のそばで一気に練習する
> 10 量と速さを重視するRead more at location 338


経験として1は大変意義深いと思う。例えば、プログラミングを学ぶ上で重要なのはテキストを
勉強することではなく、実際に自分でプログラムを作成(=魅力的なプロジェクトを選ぶこと)です。
また、プログラムは一行を変えるだけで動作が変わることからフィードバックを得やすい仕組みといえます。

同じように、新しいスキルを得るためには魅力的なプロジェクトやフィードバックの得ることは
大変有意義だと考えます。


また、スキル取得に時間をかけないためには無駄な時間は排除すべきだと思います。練習に対する強い意志を
維持するよりも、あらためて練習の心理的な障害を排除しておくほうが練習を継続しやすいです。

初心者のころは何をするにも分からないことばかりでほとんど手探りの状態で練習を進めないといけない、
その中で毎日90分の時間をかけることはたやすいことではないが、累積としての20時間に達するのは比較的短い
時間だといえます。


> スキル獲得の時間をつくる一番の方法は、付加価値の低い時間の使い方を洗い出し、それを意識的になくす
>ことだ。実験として2~3日、自分がどのように時間を使っているか簡単に記録しよう。必要なのはノート1冊だけ。
> 結果を見ると、驚くだろう。
> 付加価値の低い時間の使い方を排除するという、辛い決断をほんのいくつかするだけで、スキル獲得に使える
> 時間は大幅に増えるはずだ。Read more at location 443

> できる時間が増えるほど、スキル獲得までの総時間数は短くなる。ぼくはできるだけ付加価値の低い活動を
> なくすことで、1日あたり最低90分の練習時間を確保することをおススメする。そして練習を始めたら、20時間に
> 達するまで何があっても続ける。行き詰まっても、やりつづけるのだ。目標Read more at location 446


どのようなスキルを身に着けるにせよ、それを楽しいと思えるようになるためにはまず20時間頑張ってみる
ことが大事であるようです。できるだけ時間をかけないでそのレベルに達するには練習方法の工夫が必要のようです。

『42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」』の感想

『42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」』を読んだ。

ハイレ・ゲブレセラシェとパトリック・マカウなどの2時間3分代で走る選手の走りを分析した内容が興味深い。

両者に共通しているのは「つま先着地(フォアフット着地)」である点である。怪我の防止には「フォアフット着地」の方が優れているというのは、別段新しい新説ではなく、話題となった「Burn to Run」以降、よく知られた定説となっているので特に新奇性はなかった。

注目したのは、彼らの走りの違いである。ハイレ・ゲブレセラシェ選手は大きく足のばねをつかった上下動の大きい走りをしているのに対して、パトリック・マカウ選手は忍者走りのように上下動が少ない走りをしているとのこと。

(990)
つま先からの着地と上下動が少ないフォーム。この二つの特徴が組み合わさって地面から受ける衝撃を減らし、重心を滑らかに移動させることで、無駄なエネルギーを使わずに、スピードを維持できる走りを実現していたマカウ。


本書によれば、パトリック・マカウ選手のほうが、筋力への負荷が少ない走りをしている点で、優れているということらしい。
結果としてパトリック・マカウ選手のほうがベストタイムは上である。

しかしながら、2時間3分代というタイムにどちらも素晴らしいものである。これは、互いに似ているが違う走り方のどちらが優れているというものではなく、互いのもっともよい走り方を追求した結果の個性であると思う。各個人、アキレス腱の長さや身長、土踏まずの高さなど異なるのであるから、もっとも究極的によい走り方というのは個人ごとに異なるのではないかと考えるからである。

また、こういった走り方を構築するためには、彼らの行っていたセルフコーチングによる練習が不可欠であると考える。

明日から彼らが行っていたような走り方をまねしてすぐに速く・強く走れるようになるものではないが、セルフコーチングによって自分にとって、もっともよい走り方を構築することは重要であると思う。また、少なくとも怪我の防止については、フォアフィット着地の方が優位な点が多いということは気に留めておいたほうがよいと感じた。

【読書】人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)

 検証されたことではないにも関わらず、まるで事実のことのように喧伝されていることは多い。血液型信仰なども良い例である。

 安易に「黒人は速い」ということは、努力による可能性、個人の多様性、ならびに人種による適材という考え方につながるため、その危うさを 理解したいと思う。

 元来、黒人はフィジカルおよびメンタルで劣るものとされてきた。むしろ、「黒人は速い」は近代のトレンドに過ぎない。

 本来、スポーツは余暇を有意義に過ごすためのものであり、白人のものであった。その白人のものであったスポーツがプロスポーツ化した結果、職業として捉えられ、多種多様な人種に開かれた。それにより、スポーツで活躍する黒人が増え、白人の持つ優位性が失われた。「黒人は速い」は白人にとって、個人の努力ではなく、備え付けられたものであり、白人の持つ努力を無効化するほどであるという論理的な帰結に至ったと推測できる。

 「黒人は速い」は文化的なものを考慮する必要がある。同じ黒人であっても、キューバの短距離は速くないし、ジャマイカの野球はそれほど強く無い。なぜ速いのかは文化的なものを検証する必要がある。マラソンに限っていえば常態として走る民族を発見したことの意義は大きいと思われる。

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