明日遊ぶ猫

献血しながらサブ3.5の文化系ランナー。

読書感想『死体は見世物か: 「人体の不思議展」をめぐって』

 著者は 「『人体の不思議展』に疑問を持つ会」の中心となり、批判活動を続けてきた末永恵子氏です。本書では「人体の不思議展」における死体標本の一般展示の論理的な諸問題を明らかにし、その学会、自治体、マスコミの責任を追及しています。

 本書において、死体標本が学術的利用目的による貸与ではなく、商業的に購入されたものである点、また本人の合意のもとでの公開とは考えづらい点について具体的な資料とともに紹介されております。

 個人的には、遺体であってもその尊厳はまもられるべきであると考える。また、遺体の当事者たちが、このような一般展示を生前に承諾するようなことは、まず考えづらいと容易に想像できる。

 問題はこれを開催および後援した開催者・自治体・学会・マスコミだけにあるわけではない。そのような、遺体に対する尊厳と想像力を働かせれば、おのずと、このような展示会のもつ倫理性の欠如が明らかである。これに対して消費者は良識をもってNOという明確な立場を持つべきだろう。
 
 また、全ての消費者にその論理性や想像力を求めることは難しくとも、少なくとも遺体が正当なプロセスで持って取得されたものでない事を知らされる必要があるように思う。

 同種の展示会っは世界中の国々で行われており、特に気になったのは、その各国の対応である。アメリカは州によっては消費者に選択の自由を定めている。例えば、取得のプロセスに問題があることを知りそれに異議がある場合はチケット代金の払い戻しを定めている点である。フランスは民法の厳密な適用によりこの展示会自体を違法と認定している。各国の対応はその国民性を表しているようである。

 一方で日本は、学会、自治体、マスコミは好意的にこの展示会を捉えており、その論理性に言及した例は少ない。本来、マスコミなどはジャーナリズムの担い手として、このような人権蹂躙とも言える行為に対して何らかの反応を試みる必要があるのでは無いだろうか。日本では大きな利益をだす集団に対して往々にして無批判である。マスコミはこの展示会の後援者であることから、わざわざ餌をくれる飼い犬の手を噛んだりはしない。これは日本の国民性の哀しさとも言えるかもしれない

読書記録「インフルエンザワクチンはいらない」

インフルエンザワクチンはいらない (双葉新書)

送信者 20110505

目次


第1章 世界一大産業になった「非力な」インフルエンザワクチン
第2章 新型インフルエンザ狂想曲
第3章 いらないワクチン、いるワクチン
第4章 病気をおそれすぎない


  インフルエンザワクチンはいらない 母里啓子 著を読みました。母里啓子さんは元国立公衆衛院疫学部感染症室長を歴任、前橋リポートの作成にも携わっております。前回、予防接種は「効く」のかを読みましたが、予防接種は「効く」のかでは前橋リポートは統計のとりかたに疑問があるので再度検証すべしとし、インフルエンザは群として効能があるので接種すべきという論説でした。本書の論説はまったくの逆、ワクチンは積極的にとらないほうがよいという論説です。
  異なった2つの意見を聞いたとき、私はしばしば何の判断もできなくなってしまうことが多い。対立軸で考えないで双方の意見の正しい点について注力すればよいと考えます。

  本書で言いたいことは4点

  • インフルエンザワクチンは効かない
  • インフルエンザは不顕性があり学童防波堤論はなりたたない
  • インフルエンザ利権によりインフルエンザワクチンが効かないという点について意見を言う人がいない
  • インフルエンザにはむしろ掛かったほうが良い

  そもそも、インフルエンザワクチンが効くのか効かないのか、検証する方法がないので答えがでない。そもそも、ワクチンを打ったからといって絶対に掛からないわけではないとうワクチンはどうなの?という意見は確かにある。
  ただ、ワクチンの有効性について、議論がかみ合わないのはその評価基準が人によって違うからだと考えるべきだろう。ワクチンの効用について疑問を呈するだけであれば、論説にノイズが少し多い。利権云々は義憤にかかわるところだし、正しい論点ではない気がする。インフルエンザにはむしろかかったほうが良いのかといった点については受け入れられる人、いない人があるだろう。総じて色々、雑な点はあるが以下の点については、忘れてはいけない点であろうと考えた。


P169 新型インフルエンザ騒動の中、感染者を出した高校が風評被害にあった時には、これほど医療が進んだというのに、人々の「うつる病気」「うつること」への恐怖や嫌悪が取り払われていないのを感じました。病気の怖さをあおるマスコミと過剰に反応する人々。そこには、「病気を持った人」への差別や偏見、「我が身さえ安全であればよい」とする考えが潜んでいると思うのです。

予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)



予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)
予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)

◎ 目 次
はじめに
1章 ワクチンをめぐる、日本のお寒い現状
2章 ワクチンとは「あいまいな事象」である
3章 感染症とワクチンの日本史......戦後の突貫工事
4章 京都と島根のジフテリア事件......ワクチン禍を振り返る
5章 アメリカにおける「アメリカ的でない」予防接種制度に学ぶ
6章 1976年の豚インフルエンザ......アメリカの手痛い失敗
7章 ポリオ生ワクチン緊急輸入という英断......日本の成功例
8章 「副作用」とは何なのか?
9章 「インフルエンザワクチン」は効かないのか?
......前橋レポートを再読する
10章 ワクチン嫌いにつける薬



「予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)」を読みました。予防接種に使用されるワクチンにはゼロリスクはありえないことを前提に、与えられる効果がデメリットを大きく上回る現状(個により免疫の獲得よりも、群としての免疫を獲得できる点)においては、予防接種の普及は高く評価されるべきとしています。その通りであろうかと考えます。

 一方で、個々のワクチンの有効性については吟味されるべき(効能が無いのであれば、個から群への掛け算が成り立たない。)であり、インフルエンザワクチンは本当に効いているのかとった議題については、昨今、検討に値する話題であろうかと考えます。
 
 本書ではインフルエンザの集団予防接種が廃止されるきっかけとなったなった前橋レポート(http://www.kangaeroo.net/D-maebashi.html)について検証を試みていますが、すこし言説が弱いと感じました。たとえば、「インフルエンザの予防接種とインフルエンザの因果関係ははっきりしない。効果のメカニズムもはっきりしないという事実関係を前置きにしつつも、全体としては効果はあるらしい(流行の度合い)という統計上の数値を参考に反論を展開されています。いわゆる、帰納法的な推論を試みていますが、これでは納得は難しいでしょう。
 
 著者として言いたいのはどちらかというとサブタイトルの方の「ワクチン嫌いを考える」であろうかと考えます。著者は少なくとも予防注射はどんどん打ちなさいと主張しているわけではありません。どちらかというと、「なぜワクチンを嫌う人がいるのか?」「なぜ検証もできないことを信じる人たちがいるのか?」といったことに対して、疑問を呈している部分に重きを置いています。いわゆる非科学や似非科学、ワクチン嫌いの人たちが確かのように見える都合の良いデータを後付で粉飾する現状に警鐘を鳴らしています。

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